3月も半ばを過ぎようとしている。カレンダーの上では春の足音が聞こえてきてもおかしくない時期だが、今朝の空気は鋭く、肌を刺すような冷たさだった。ふと車の温度計に目をやると、表示されているのは「マイナス2度」。季節が逆戻りしたかのような、場違いなほどの厳冬の気配がそこにはあった。

今日は、妻にとって運命の日。再就職に向けた試験当日だ。

リビングで準備をする彼女の背中からは、隠しきれない緊張が伝わってきた。「これまで、人生で一番勉強したと思う」――。職業訓練校に通い始めてから今日まで、机に向かい続ける彼女の姿を私は一番近くで見てきた。慣れない分野のテキストを広げ、夜遅くまでペンを走らせていたあの努力は、決して並大抵のものではなかったはずだ。

本人が必死であればあるほど、そしてその積み重ねを知っているからこそ、見守るこちらの胸の中にも、静かな、けれど大きな心配の波が押し寄せてくる。焦りに突き動かされるように準備を急ぐ彼女に、何を言えばいいのか。下手に「リラックスして」なんて言っても、今の彼女には届かないだろう。プレッシャーを上書きするような言葉も、今は必要ない気がした。

結局、私が口にできたのは、ごく短い言葉だけだった。

「とにかく行くだけ、行ってこい!」

気負わなくていい、結果を恐れなくていい。ただ、これまで積み上げてきた自分を信じて、その場に立ってくればいい。そんな思いを込めて、ぶっきらぼうに、けれど精一杯の激励を投げかけて、私は先に家を出た。

バックミラーに映る景色はまだ冬の色を濃く残しているが、空の青さは少しずつ春の透明感を帯び始めている。

「人生で一番勉強した」というその言葉は、彼女が自分自身に贈った最高の合格証書のようなものかもしれない。それだけの熱量を持って何かに打ち込めた事実は、結果がどうあれ、彼女の人生を支える糧になるだろう。

車のハンドルを握りながら、心の中で何度も繰り返す。

どうか、彼女の努力が報われますように。

この厳しい寒さを突き破って、彼女の元に、そして我が家に、鮮やかな桜が咲き誇る春が訪れることを、願ってやまない。