「40歳を過ぎれば、大概の恥は乗り越えてきた」

これまでの人生で、それなりの修羅場をくぐってきた自負があった。社会の荒波に揉まれ、時には頭を下げ、時には屈辱を飲み込み、大人としての「面体」を保つ術を心得てきたつもりだった。しかし、今日という一日は、その積み上げてきた自尊心を根底から粉々に打ち砕くに十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

私は今、薄暗い部屋で一人、独り言のようにこの文章を綴っている。手元には、本来であれば痔に最も悪いとされるはずの「酒」がある。今日ばかりは、この焦燥感をアルコールで麻痺させなければ、自分を保っていられそうにない。

事の始まりは、去年の年末だった。

当時から私の「奴(いぼ痔)」は、時折その存在を主張していた。診察を受けた医師からは、「次は年末に来なさい。放置してはいけないよ」と釘を刺されていたのだ。しかし、私はその忠告を無視し、今日という日まで先延ばしにし続けた。

理由は、情けないほど単純だ。

あの診察室特有の、冷たくて不快な診察台。そこに横たわり、医師に背を向け、指を入れられ、冷たい器具を挿入される。あの耐え難い感覚と、言葉にできない屈辱。それを想像するだけで、足が遠のいた。自分はまだ大丈夫だ、まだ薬でなんとかなるはずだ――そう自分を欺き、逃げ続けてきた。

しかし、私の沈黙とは裏腹に、身体の中の「奴」は着実に、かつ冷酷に進行を続けていた。

最初は「たまに顔を出す」程度だった。それがいつしか、排便のたびに必ず外へと飛び出してくるようになった。トイレのボウルは、戦場かと思うほど鮮血で真っ赤に染まる。終わるたびに、指でそっと「奴」を体内に押し戻す。それが私の日常となり、奇妙な習慣となっていた。

「指で戻せば、まだ暮らしていける」

その甘い見積もりが、今日、完全に崩壊した。

重い腰を上げ、ようやく訪れた病院。いつものように、あの屈辱的な診察台に乗り、医師との問診が始まった。

「最近はどんな具合ですか?」

医師の問いに、私はありのままを伝えた。

「毎回の排便後にいぼ痔が出るので、自分で指を使って押し戻して生活していました」

その瞬間、診察室の空気が凍りついたのを肌で感じた。

医師が、驚愕と、あるいは呆れを含んだような強い口調で言った。

「……!? いったいいつから、そんなお尻になっちゃったの!? あなた、これ、もう手術するしかないよ!」

唖然とした。頭の中が真っ白になり、周囲の音が遠のいていく。

手術。その二文字が、あまりにも重くのしかかる。

日常生活は送れている。仕事もできている。だからまだ、何らかの保存療法や薬で誤魔化せる手段が残されていると信じていた。しかし、専門医の宣告は非情だった。「手段はない」と言われたに等しかった。

放心状態の私に、医師は追い打ちをかけるように言った。

「とりあえず、血液検査ともう一つ、新しい検査をしましょう」

その「新しい検査」こそが、私にとっての真の地獄への入り口だった。

看護師に誘導され、別室へ向かう。そこは、これまでの診察室とは毛色が違っていた。部屋の中央に鎮座していたのは、三段ほどの階段の上に設置された、妙に高い位置にある「和式便所」だった。

違和感の正体は、すぐに判明した。その便器の後ろには、小さな扉のようなものがあるのだ。

看護師が、事務的な、しかし残酷なトーンで告げた。

「あそこの便器にまたがって、下着を下ろしてください。そのまま、排便時と同じように踏ん張ってください」

私は耳を疑った。

「……ここで、ですか?」

「はい。後ろから写真を撮りますから」

終わった、と思った。

他人に、自分が最も無防備で、最も野蛮な姿である「用を足す姿勢」を晒し、あまつさえその瞬間を撮影される。カメラの向こう側には、自分の最も見せたくない部分が、無慈悲にレンズに収められているのだ。

「人間としての尊厳」という言葉が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

いっそ、全裸で何かを検査される方がまだ救いがあったかもしれない。その方がまだ、医療的な「被写体」として割り切れたかもしれない。しかし、この「和式便所で踏ん張る姿を撮られる」という状況は、あまりにも生々しく、あまりにも屈辱的だった。

検査を終え、階段を降りる時の足取りは、まるで幽霊のようだった。

しかし、地獄はこれだけでは終わらなかった。

再び呼ばれた診察室。モニターに大きく映し出されていたのは、先ほど撮影されたばかりの、私自身の「けつの穴」の写真だった。

鮮明すぎるその映像。そこに写っているのは、持ち主である私でさえ正視し難い、変わり果てた自分の肉体の一部だった。

「なんで、俺はこんな病気になったんだ……」

医師の説明を聞きながら、私はただ、自分を責め続けていた。

もっと早く来ていれば。あの日、あの時、勇気を出していれば。

怠惰と恐怖が、私をこの「尊厳の墓場」へと追い込んだのだ。

病院を出た時の外気は、酷く冷たかった。

今、私は酒を飲んでいる。

痔を悪化させる毒であることを知りながら、飲まずにはいられない。

今日のあの検査の光景、モニターに映し出された無惨な写真、そして「手術しかない」という絶望的な宣告。それらをすべて、一時の酩酊でかき消したい。

明日になれば、また現実がやってくる。

手術の恐怖、仕事の調整、そして自分の肉体と向き合う日々。

しかし今夜だけは、このやり場のない怒りと悲しみを酒と共に飲み込み、尊厳を失った一人の男として、静かに夜を過ごしたいと思う。