最近の私は、週末になるとすっかり「機能不全」に陥っている。 かつてはスマホゲームすらほとんど触らず、自宅でコントローラーを握ることなど数年なかった私が、今ではリビングのソファを陣取り、家族の呆れ顔を背中に受けながら、ただひたすらに画面の中の世界を彷徨っている。

きっかけは、ネットニュースで目にした『デス・ストランディング2』の発売だった。 前作も「適当にプレイした」程度ではあったが、その特異な体験は、私の記憶に強烈な楔(くさび)を打ち込んでいた。このゲームを一口で説明するなら「荷物や人を運ぶ運び屋の物語」だ。言葉にすればそれまでだが、実際にプレイしてみれば、その圧倒的なストーリー、血の通ったキャラクター、そして類を見ない世界観に、脳内を丸ごと鷲掴みにされてしまう。

「また、あの世界を歩いてみたい」 その衝動は日増しに強まったが、現実は甘くない。最新作を遊ぶためのPlayStation 5(PS5)は、今や7万円を超える。家計を預かる身として、その支出はあまりに重く、なかば諦めかけて過ごしていた。

しかし、転機は不意に訪れた。 スマートフォンの2年契約の更新時期がやってきたのだ。私は2年前と同じ、長岡のヤマダ電機へと足を運んだ。機種へのこだわりはない。「iPhoneであればいい」「ネットも乗り換えでいい」「プロの勧める一番いいプランで」。そう告げて対応をお願いしたのは、前回も担当してくれたスタッフさんだった。 私のモットーは、お互いが「ウィン・ウィン」で気持ちよく終われる買い物をすることだ。スタッフさんも「名前を覚えて再来してくれる方は少ないので、精一杯頑張ります!」と、こちらの期待を上回るプランを提示してくれた。

さらに驚くべきことに、乗り換えに伴うキャッシュバックが提示された。その額、なんと6万円。 私は即座に、隣にいた妻に懇願した。 「頼む!これでPS5を買わせてくれ!」 妻は、私がことあるごとにそのゲームの話をしていたのを知っていたのだろう。「いいんじゃないの」と、あっさりと快諾してくれた。 こうして私は、携帯電話を新調し、巨大なPS5の箱を抱えて店を後にした。店員さんから「携帯を買ってPS5を持って帰るお客様は初めてです」と、しっかり(?)印象を刻み込んでの帰還だった。

だが、そこからも一筋縄ではいかなかった。 最新ハードウェアの壁は高い。箱から出して繋げば終わり、というわけにはいかないのだ。ひたすら続くアップデート、複雑な認証、終わりの見えない設定作業。仕事で疲れ切った体に、デジタルな洗礼は容赦なく降り注ぐ。一向にゲームが始まらない苛立ちに、「もうメルカリで売ってやろうか」という投げやりな気持ちが何度も頭をよぎった。

結局、設定に格闘すること一週間。 疲れとひねくれた根性を抱えたまま、ようやく『デス・ストランディング2』のディスクをスロットに差し込んだ。 その瞬間、私の世界は一変した。

画面に映し出された映像は、もはや「ゲーム」という言葉では括れない。まさに「プレイする映画」だ。主人公サムの肌の質感、荒涼とした風景の美しさ。あまりの解像度の高さに、これまでの苦労がすべて報われるような、深い感動が胸に込み上げた。

それ以来、私は週末のたびにその世界へと没頭している。 ストーリーを急いで進めるわけでもない。ただひたすらに、過酷な地形を越え、荷物を運び続けているだけだ。現実世界では、家族に「上の空だ」と怒られ、仕事ではしがらみや忖度に振り回され、感謝の言葉さえ聞き慣れない日々を過ごしている。 しかし、このゲームの中では、荷物を届けさえすれば、真っ直ぐに「ありがとう」という言葉が返ってくる。利害関係も裏表もない、ただ純粋な感謝の言葉。それが、すり減った40歳の心にどれほど深く染み入ることか。

平日の激務でガタガタになった身体と心を、私は週末、この仮想現実の中で癒している。家族に呆れられようとも、ソファの上で「運び屋」としての時間を過ごす。 現実から遠く離れた場所で、再び歩き出すための力を蓄える。そんな「機能不全」な週末こそが、今の私にとって最も贅沢で、必要な時間なのかもしれない。


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